法人や不動産の登記簿謄本は、法務局に申請すれば誰でも理由を問われることもなく写しを入手でき、その土地なり法人なりが本当に存在するのか、法人の役員(取締役、監査役など)や土地の所有者が実在する人物なのかを確認することができます。
いわゆる公知情報であり、法務局が提供しているのは、国民の知る権利に応える公共サービスということができるでしょう。
言い方を変えると、法人の役員になるということは、氏名から自宅住所までが、好むと好まざるとに関わらず不特定多数の人の眼に触れることになりますから、おのずと社会に対する責任が生じるということかも知れません。
他方、法人の役員になると本名と自宅住所が掲載されてしまうので、これは個人情報として保護すべき、すなわち住所は非公開すべきではないかという議論もあるようです。
話の本筋からは逸れますが、この点に関し「自宅住所について公開を続けるべし、また登録時の本人確認として印鑑証明書を添えるべし(要旨)」と主張しているのが、風間烈・上智大学フランス語学科同窓会会長の代理人・池田昭弁護士(弁護士登録番号15626, 池田法律事務所, 〒150-0002 東京都渋谷区渋谷1-8-6 宮益坂STビル9階, Tel: 03-3406-4947, Fax: 03-3406-4948)が所属する第二東京弁護士会だというのは、多少ならず興味深いところではありますが、少なくとも現行法において会社役員の自宅住所は個人情報として保護される対象ではないようです。
参考:「商業・法人登記制度に関する意見書」
https://niben.jp/info/opinion20111214-1.pdf
さて………
鍋島宣総さんの一連の言動に不信を抱いた僕が、都内の法務局に赴き日本コムジェスト株式会社の登記簿謄本の写しを取得して判明したのは、鍋島宣総さんが件の強引な勧誘を繰り出していた時期からあまり日をおかない2015年5月22日に同社の代表取締役及び取締役を解任されていたという、衝撃の事実でした。
ここで用語を確認しておきたいのですが、会社の役員が任期満了でその地位を退く時は「退任」、所定の任期を待たず自ら辞める時は「辞任」と登記簿に記載され、これに対して、会社が一方的に任を解く場合には「解任」と記載されそれぞれ識別されます。大学院での単位取得満期退学、中途での自主退学、放校処分による退学はそれぞれ全く別物と考えれば分かりやすいのではないでしょうか。
しかし、日本の法人では、解任動議が決議された場合であっても、クビにした当人に辞任届を書かせ、機密事項を他言しない、職務上知り得た情報を同業他社に持ち込まない等の誓約事項を添え書きさせて、名目上中途辞任として当人の面目を施す、そして会社は登記簿に解任の事実が記録されてしまうと「解任するほど問題のある人間を役員にしていたのか」と、会社の信用を損ねるリスクになるので、名目上中途辞任として自社の面目を施す、いわば相互の利害が一致するケースが少なくないと耳にします。
言い方を変えると、今回のケースは生ぬるい「自主退学」では済まされない、ひと目で会社側による強制措置だと分かる解任。そして、日本コムジェスト株式会社の決算公告によると、同社の決算期は10月1日から翌年9月30日までなので、登記簿上の解任日である5月22日は、会計期末でも四半期末でもなく、月初月末でさえないタイミング。その日にわざわざ、取締役及び代表取締役人事を決める株主総会や取締役会が開催されたということになります。なお、日本コムジェスト株式会社の株式は、Comgest Far East Limitedという香港のグループ会社が100パーセント保有しています。
ということは、期中に香港の株主を招集して臨時の株主総会を開催する手間をかけてでも、鍋島宣総さんをなりふり構わず追い出さなければならないような、よほどの出来事が起きたのではないか………
解任というたった二文字であっても、僕にとっては衝撃が大きかった次第です。
投資顧問業という法律上の呼称は、法改正によって現在ではなくなったとの話も聞きますし、もとより僕自身の耳学問で知り得ることに限りはありますが、少なくとも、お客様の多額の資産運用を担う役割は変わらないはずです。そうした会社の代表取締役であった鍋島宣総さんが、解任という烙印を押されていたのは、少なからず衝撃でした。
ところで、会社役員の解任とはどのように行われるのでしょうか。
独立行政法人中小企業基盤整備機構のウェブサイトに、役員の解任に関する解説がありました:
参考:「役員の解任を行う際の具体的な手続き方法を教えてください」
https://j-net21.smrj.go.jp/qa/org/Q0041.html
役員の解任は株主総会の決議によっていつでも行うことができますが、正当な理由がない場合には、解任された側が損害賠償請求をすることができるようです。
正当な理由、というのは定義のしにくいグレーゾーンという印象を持ちます。各社の事情によって解任理由は違ってくるので、法律では明文化せず、敢えてグレーにしているのかも知れません。
一般に、経営施策の失敗、能力不足、経営方針を巡る対立といった事柄だけでは、正当な理由とはならず会社側が裁判で負けることが多い、と見聞きしたことがあります。
一方、株主総会で解任が否決されても、株主が一定条件の下、裁判所に改めて解任を訴え出ることができる条文があります。
参考:会社法854条
https://ja.wikibooks.org/wiki/会社法第854条
この条文には、裁判所への提起の前提として
「職務の執行に関し不正の行為又は法令若しくは定款に違反する重大な事実があったにもかかわらず」
とのくだりがあります。見方を変えれば、これらの点が解任に正当な理由に該当する、ということはできるのかも知れません。
果たして、この条文が呼ばわるような不正行為、法令違反、定款違反といった重大な事実が、鍋島宣総氏の周囲に起きたのか、起きなかったのか。
僕の想像や、僕が受ける印象という主観を離れて考えてみましょう。
一般に転職をする場合、必ずといっていいほどリファレンス・チェック(前職での勤務や人物についての問い合わせ)が行われます。
とりわけ、鍋島宣総さんのような外資の日本法人トップになる階層では、悪いリファレンスがついたら自身のバリューを下げることになる、明け透けに言えば転職の実現可能性が一気に下がる、というのは想像に難くありません。
そして、日本コムジェスト株式会社はリファレンス・チェックが入った際に、登記簿に解任と明記し、いわば自分たちが追い出したと世間に公言している人物についてどのような回答をするのか。
そして、その回答を受け取った転職候補先の会社の人たちはどのように受け止めるのか。
大したことのない理由で当人が会社を去るのだとしたら、会社は辞任届を受理すればよいのであって、会社から進んで解任する必要はありませんし、登記簿にそれと分かるように書く必要もありません。先述の通り、やりようはあるのですから。
すなわち、会社がわざわざ解任という意思表示をしなければならないほどの、決して軽々しくは見過ごせない出来事が起きたらしい、ということは、おぼろげながら理解できるのではないでしょうか。
なお、日本コムジェスト株式会社は2016年8月にコムジェスト・アセットマネジメント株式会社に改組されましたが、新会社の登記簿謄本にも鍋島宣総さんのお名前は存在せず、解任が取り消された、あるいは同社に復職を果たしたような事実は発見できませんでした。